回次 |
第4期 |
第5期 |
第6期 |
第7期 |
第8期 |
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決算年月 |
2019年10月 |
2020年10月 |
2021年10月 |
2022年10月 |
2023年10月 |
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売上高 |
(千円) |
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経常損失(△) |
(千円) |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
当期純損失(△) |
(千円) |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
持分法を適用した場合の投資利益 |
(千円) |
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資本金 |
(千円) |
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発行済株式総数 |
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普通株式 |
(株) |
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B種優先株式 |
(株) |
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C種優先株式 |
(株) |
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D種優先株式 |
(株) |
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純資産額 |
(千円) |
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総資産額 |
(千円) |
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|
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1株当たり純資産額 |
(円) |
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△ |
△ |
△ |
△ |
1株当たり配当額 |
(円) |
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|
|
|
(うち1株当たり中間配当額) |
( |
( |
( |
( |
( |
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1株当たり当期純損失(△) |
(円) |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
潜在株式調整後1株当たり当期純利益 |
(円) |
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自己資本比率 |
(%) |
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自己資本利益率 |
(%) |
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株価収益率 |
(倍) |
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配当性向 |
(%) |
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営業活動によるキャッシュ・フロー |
(千円) |
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△ |
△ |
投資活動によるキャッシュ・フロー |
(千円) |
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|
|
△ |
△ |
財務活動によるキャッシュ・フロー |
(千円) |
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|
|
△ |
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現金及び現金同等物の期末残高 |
(千円) |
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従業員数 |
(人) |
|
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(外、平均臨時雇用者数) |
( |
( |
( |
( |
( |
(注)1.当社は連結財務諸表を作成しておりませんので、連結会計年度に係る主要な経営指標等の推移については記載しておりません。
2.持分法を適用した場合の投資利益は、関係会社を有していないため記載しておりません。
3.1株当たり配当額及び配当性向は、無配のため記載しておりません。
4.潜在株式調整後1株当たり当期純利益については、第4期は潜在株式が存在しないため、また第5期、第6期、第7期及び第8期は潜在株式は存在するものの当社株式は非上場であり、期中平均株価が把握できないため、また、1株当たり当期純損失であるため記載しておりません。
5.第4期から第8期は販売費及び一般管理費のうち、研究開発費の先行投資により、経常損失及び当期純損失を計上しております。
6.第4期から第8期の「1株当たり純資産額」の算定に当たっては、種類株式に対する残余財産配分額及び新株予約権を控除して算定しているため、1株当たり純資産額がマイナスとなっております。
7.自己資本利益率は、当期純損失であるため記載しておりません。
8.株価収益率については、当社株式は非上場であるため、記載しておりません。
9.「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号 2020年3月31日)等を第7期の期首から適用しており、第7期以降に係る主要な経営指標等については、当該会計基準等を適用した後の指標となっております。
10.第4期、第5期及び第6期については、キャッシュ・フロー計算書を作成していないため、キャッシュ・フローに係る各項目を記載しておりません。
11.第7期の財務活動によるキャッシュ・フローについては、上場関連費用の先行投資によりマイナスとなっております。
12.第7期及び第8期の財務諸表については、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(昭和38年大蔵省令第59号)に基づき作成しており、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づき、EY新日本有限責任監査法人の監査を受けております。なお、第4期、第5期及び第6期については、会社計算規則(平成18年法務省令第13号)の規定に基づき算出した各数値を記載しており、監査証明を受けておりません。
13.当社は、2023年9月15日付で普通株式1株につき800株の株式分割を行っております。第7期の期首に当該株式分割が行われたと仮定して、「1株当たり当期純損失(△)」および「1株当たり純資産額」を算定しております。
14.当社は、2024年4月17日開催の臨時取締役会の決議により、定款の変更を行いB種優先株式、C種優先株式、及びD種優先株式に関する定款の定めを廃止し、同日付でB種優先株式4,768,400株、C種優先株式3,488,000株、D種優先株式968,800株を普通株式に変更しております。
15.当社は、2023年9月15日付で普通株式1株につき800株の株式分割を行っております。そこで、東京証券取引所自主規制法人(現 日本取引所自主規制法人)の引受担当者宛通知「『新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)』の作成上の留意点について」(2012年8月21日付東証上審第133号)に基づき、第4期の期首に当該株式分割が行われたと仮定して算定した場合の1株当たり指標の推移を参考までに掲げると、以下のとおりとなります。なお、第4期、第5期及び第6期の数値(1株当たり配当額についてはすべての数値)については、EY新日本有限責任監査法人の監査を受けておりません。
回次 |
第4期 |
第5期 |
第6期 |
第7期 |
第8期 |
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決算年月 |
2019年10月 |
2020年10月 |
2021年10月 |
2022年10月 |
2023年10月 |
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1株当たり純資産額 |
(円) |
19.10 |
△68.97 |
△89.78 |
△218.77 |
△353.31 |
1株当たり当期純損失(△) |
(円) |
△47.02 |
△95.82 |
△23.63 |
△128.99 |
△106.81 |
潜在株式調整後1株当たり 当期純利益 |
(円) |
- |
- |
- |
- |
- |
1株当たり配当額 |
(円) |
- |
- |
- |
- |
- |
(うち1株当たり中間配当額) |
(-) |
(-) |
(-) |
(-) |
(-) |
当社Heartseed株式会社は、2015年11月に設立された学校法人慶應義塾(以下「慶應義塾大学」という。)発のバイオベンチャーで、世界の死因の第一位を占める心臓病にて、「再生医療で心臓病治療の扉を開く」をミッションとして、心臓病の重大疾患のひとつである重症心不全の抜本的治療法を目指した心筋再生医療の事業化に取り組んでおります。
当社が再生医療等製品として開発している治療法は、iPS細胞から心筋細胞を作製し、それを凝集させた微小組織(心筋球)として重症心不全の患者さんに移植をする、慶應義塾大学と当社の独自技術を組み合わせたもので、本治療により心臓の収縮力と生活の質、生命予後を改善することが期待されます。当社の社名は、心筋球がフウセンカズラ(英名heartseed)という観葉植物の種に似ていることと、その心筋球が心臓の種(heart seed)となることで、重症心不全の患者さんを救う事を願って命名しております。
当社の設立以降の経緯は、次のとおりであります。
年月 |
概要 |
2015年11月 |
東京都渋谷区にHeartseed株式会社(資本金25,000千円、資本準備金25,000千円)を設立 |
2016年3月 |
心筋の純化精製に関する特許を慶應義塾大学より移管 |
2016年5月 |
移植可能なiPS細胞由来再生心筋細胞の製造方法に関する共同研究契約を慶應義塾大学と締結 |
2016年6月 |
高品質なiPS細胞の製造方法に関する特許を慶應義塾大学より移管 |
2016年10月 |
心筋再生医療の実用化に必要な関連4特許を慶應義塾大学より移管 |
|
未分化幹細胞除去剤及び未分化幹細胞除去方法に関する特許の独占的通常実施権を慶應義塾大学より取得 |
2017年11月 |
東京都港区に本店を移転 |
2018年3月 |
iPS細胞作製に関する特許を慶應義塾大学より移管 |
2018年9月 |
他家(「3 事業の内容」<用語解説>※3)iPS細胞由来再生心筋球移植療法が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業」の補助対象先に選出 |
2018年10月 |
東京都新宿区に本店を移転 |
2018年12月 |
慶應義塾大学と特許出願譲渡契約及び特許実施許諾契約に基づき合計8特許に対する実施料の支払い料率を合意 |
2019年4月 |
iPSアカデミアジャパン㈱と、指定国立大学法人京都大学(以下「京都大学」という。)より実施許諾されているiPS細胞技術関連特許について、非独占的通常実施権を許諾する契約を締結 |
2020年3月 |
伊藤忠ケミカルフロンティア㈱と資本業務提携 |
2020年3月 |
㈱メディパルホールディングスと資本業務提携 |
2020年9月 |
川崎市のかわさき新産業創造センター(KBIC)内に研究スペースを増設 |
2021年3月 |
KBICでの心筋再生医療の研究開発事業が、内閣府が指定する「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」の事業として川崎市より認定 |
2021年5月 |
ノボノルディスク エー・エスと、全世界を対象とする独占的技術提携・ライセンス契約を締結 |
2022年3月 |
東京都が実施する「未来を拓くイノベーション TOKYO プロジェクト」に採択 |
2023年2月 |
虚血性心疾患に伴う重症心不全患者さんを対象とするHS-001の国内第Ⅰ/Ⅱ相治験(LAPiS試験)において、1例目投与完了を公表 |
2023年9月 |
東京都港区に本店を移転 |
2023年9月 |
自家iPS細胞由来再生心筋球移植療法が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」の補助対象先に選出 |
2023年9月 |
脂肪酸合成阻害法による未分化iPS細胞除去に関する知財のバイオテック企業へのライセンスアウトを発表 |
2023年11月 |
アイ・ピース㈱作製の複数ドナー由来のiPS 細胞を用い、高純度心筋の安定した作製に成功したことを発表 |
当社はiPS細胞由来の心筋細胞の微小組織(心筋球)を心臓に移植する治療法である「心筋再生医療」を確立し、重症心不全患者さんに貢献することを目的として事業活動を行っております。なお、当社の事業セグメントは、医薬品事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載を省略しております。
(1)事業の特徴
① 概要
当社が日本で開発中の治療法は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、「薬機法」という。)における再生医療等製品に該当し、日本政府は再生医療等製品の開発・承認期間の大幅な短縮を可能にした法律を世界に先駆けて制定するなど、実用化に向け国を挙げて全面的に後押しをしています。当社は、iPS細胞から作製した心筋細胞を重症心不全患者の心臓の中に移植する世界初の心筋再生医療を実現すべく、本制度を活用した条件及び期限付承認を取得することを目指して開発を進めております。当社のリードパイプラインであるHS-001の、現在進行中の治験(後述)は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)ウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験で終了後承認申請が見込まれる治験(「主たる治験」)として届け出ております。
他家iPS細胞由来心筋球については、現在進行中の治験の承認後は、事業パートナーであるグローバル大手製薬企業のノボノルディスク エー・エスと共にグローバル市場への展開を取り組んでいく方針です。
② 対象疾患について
心臓は標準的なヒト成人の心臓ではおおよそ250-350gといわれていますが、心臓全体として筋肉の塊のような構造をしており、体全体に血液を循環させるポンプの役割をしています。日本医師会によると、心臓によって1分間で合計約5Lの血液量が全身に循環され、心臓の拍動の回数は1日約10万回、一生の間には40億回以上も打ち続けることになります(日本医師会website https://www.med.or.jp/forest/check/05_02.html ※本書提出日現在にて記載確認)。心臓の拍動を支えるのが心筋細胞ですが、ヒトは壊死した心筋を元に戻す自己再生能力を持っていないため、加齢や疾患などによるダメージなどで心臓の筋肉量は徐々に低下をしていき、結果、心拍出量は低下していきます。
心臓の収縮能力や拡張能力が低下するなどの原因により、心拍出量が低下し、その拍出量の低下を補うために心臓が拡大し、その結果、肺などの臓器うっ血や呼吸困難、運動能力の低下をきたす症候群が、心不全です。様々な心臓疾患の病状の進行により起こる終末像とも言え、心不全を引き起こす代表的な原因として、虚血性心疾患(心筋梗塞など)、高血圧、心臓弁膜症、心筋炎、不整脈等心臓や循環器に起因するものに加えて、糖尿病や肺気腫などの他臓器に関連するもの、心臓が生まれつき正常でない先天性心疾患など数多くの病態が存在します。急性期のショックと、慢性的な病態進行が混ざりながら病態が悪化していきます。心不全では、上記の自覚症状が慢性的に継続しながら病態が進行していった結果、最悪の場合は死に至る可能性もあります。(図1)
(図1)心不全の病状進行:虚血状態から心筋壊死へ
世界保健機関(WHO、Fact Sheets、2021年6月)によると、心不全を含む循環器系疾患は世界の死因の第一位で、2019年には約1,800万人が命を落としています。中でも心不全は生存率が低い疾患で、患者数も増加を続けており、画期的な治療方法の開発が強く望まれています。心不全患者数は2017年時点で世界に約6,500万人とされ(N.L. Bragazzi et al., ESC European Journal of Preventive Cardiology 2020)、米国では2012年に約650万人だったのが2030年には800万人以上に増加すると予測されています(Benjamin, Circulation 2017)。日本でも2005年に約100万人だった患者数が、2020年時点で約120万人、2030年には約130万人に増加すると予測されています(Okura, Circulation J 2008)。この患者数の増加は、高齢者の増加と医療技術の高度化により一命をとりとめるケースが増えたことが一因で、入院患者数や医療費の増大から「心不全パンデミック」と呼ばれるほどに、大きな社会問題となっています。
また、心不全による死亡者数は、米国では2004年に28万人以上で、肺がん、乳がん、前立腺がん、HIV/AIDSを合わせたものよりも多くなっています(Adler, Circulation 2009)。日本でも2020年には、悪性新生物(がん)のうち死亡数の最も多い肺がんより多い約9万人が心不全で亡くなっています。循環器系疾患で急性心筋梗塞、脳梗塞の死亡者数は減少している一方で、心不全による死亡者数は増加の一途をたどっています(図2、厚生労働省 令和4年(2022年)人口動態統計から当社作成)。
(図2)国内年度別死因別死亡者数(人)
③ 既存の治療法について
心不全発症前の治療としては冠動脈閉塞に対するカテーテル術、心不全発症後の病態改善のための治療法としては、心臓の負担を下げるための運動療法や薬物治療など、急性・慢性心不全診療ガイドラインに則して数多くの治療法が整備されておりますが、いずれも対症療法に留まっております。特に近年新薬が登場している薬物治療においても、複数種類の医薬品を組み合わせて、それぞれ最大用量の処方が推奨されるものの、血圧を下げる方向の薬が多いことから併用が難しかったり、患者さんの病態の都合上低用量でしか処方できなかったりと、課題があります。心不全の経過は多くの場合、慢性・進行性であるが故に、急性増悪が繰り返し発生することによって重症化していくことから、こうした対症療法を進めていたとしても、病態コントロールが出来ない場合は結果として、ステージC(心不全ステージ)からステージD(治療抵抗性心不全ステージ)へと進展していきます。
最も症状が進行したステージDの心不全患者さんの病態は厳しく、5年生存率は多くのがんよりも下回る20%程度であり(Amar, Circulation 2007)、重症心不全の根治的な治療法は心臓移植しかありません。心臓移植は世界中で慢性的なドナー不足が続いています。国内では特に深刻で、1997年に「臓器移植に関する法律」が施行され20年以上経つにもかかわらず、日本心臓移植研究会報告によると過去10年平均でわずか50人程度、多い年でも80人程度に留まっています。心臓移植は65歳以下が対象となっていますが、平均待機期間が3年程度で5年以上待機しているケースもあり、移植登録ができるのは実質的には60歳までとなっています。
心臓移植を待機している患者さん向けの一時的な治療法として、小型ポンプを体内に埋め込んで心臓の左心室につなげて血液循環を補助する補助人工心臓治療があり、近年では心臓移植件数が伸び悩む中、補助人工心臓を半永久的に使用するDestination Therapyという治療法が許可されております。しかしながら、補助人工心臓治療の適応となるには、様々な選択基準をみたす必要がある他、初回退院後6ヵ月程度の同居によるサポートが可能な介護者がいる体制が必須で、バッテリーや電源の管理をはじめとして、患者さんだけでなく支える家族や周囲の方の生活習慣にも大きな制限があります。また心臓移植や補助人工心臓は費用が高額でかつ、施術後も毎年高額な管理費用が必要であり、施術に踏み切ることのできる心不全患者さんは限られているのが実態です。このように、重症心不全は患者数が多く、死亡者数も多く、かつ新規治療法が強く求められる、アンメット・メディカル・ニーズの高い疾患です。
他方、iPS細胞を用いた心筋再生医療は、心臓移植・補助人工心臓よりも多くの患者さんへの適用を目指すことができます。すなわち、心臓移植を待つ厳しい病態の患者さんへの適用のみならず、病態の早期段階での治療の選択肢としても、心機能の改善、悪化の阻止、病状進行を遅らせるなどの期待があります。多くの患者さんに適用可能になることが望まれております。(図3,図4)
(図3)当社治療法の概要
心筋細胞は生まれた後は細胞分裂をしないため、心筋梗塞等で一部が壊死してしまうと、その後再生する
ことがありません。根治には、残存心筋のパフォーマンスを改善させるだけでなく、根本的な原因である
減少した細胞量を補うことで、ポンプ機能を改善させ、拡大した心臓を縮小させることが必要になります。
当社の心筋補填療法は、再生心室筋を心臓壁に直接移植することで心筋を補填する治療法です。
(図4)国内重症心不全の治療法の比較(当社まとめ)
④ 当社事業のバリューチェーン、パートナーについて
当社事業におけるバリューチェーンは、研究、開発、製造、輸送、販売から構成されます。大学病院や公的研究機関等に加え企業等の開発パートナーとの共同研究等を通じて、心筋再生に関する最先端の研究を遂行しております。そしてこれら研究成果を、特許として出願することにより知的財産を形成しております。
当社は他家iPS細胞由来心筋球による心筋再生医療の海外展開を視野に入れ、2021年5月に、デンマークに本社を置くグローバル大手製薬企業であるノボノルディスク エー・エスと、全世界を対象とする独占的技術提携・ライセンス契約を締結いたしました。本契約は、HS-001やHS-005を含む他家iPS細胞由来心筋球(細胞株、投与方法、適応症は問わない)の、日本以外の全世界における臨床開発・製造・販売権をノボノルディスク エー・エスへと付与する一方、国内では当社が製造販売権を保持して、両者共同で商業化(co-commercialize)し、日本国内事業に関する収益を50:50にてプロフィットシェアする事業提携スキームとなっております。これにより当社の事業収益は、日本国内で薬事承認後に取得する収益に加えて、導出に係る契約一時金(2021年に受領済)、日本及び海外の開発進捗に応じたマイルストン収入(一部受領済)、並びに海外での製品上市後のロイヤルティ収入及び販売マイルストン収入から構成されます。契約一時金及び各種マイルストン収入は、最大で合計598百万米ドルとなり、海外で販売開始後は、海外年間純売上高に応じて漸増する1桁後半~2桁前半パーセントのロイヤルティ収入も受領いたします。
他家iPS細胞由来心筋球の日本国内の開発については、現在は当社単独で進めており、開発業務委託機関(CRO)である㈱リニカルの支援を得て治験実施中です。治験製品の製造については、製造開発受託機関(CDMO)である㈱ニコン・セル・イノベーションへ、また、心筋球や移植針などの移植デバイスの輸送は再生医療に実績のある㈱メディパルホールディングスの100%子会社であるSPLine(エスピーライン)㈱へ委託しております。(図5)
なお、当社の保有する特許の実施権は、他家iPS細胞を用いるヒトへの治療用途に限ってノボノルディスク エー・エスに付与されており、それ以外の領域である他家iPS細胞を用いるヒト以外の治療用途や研究用途、及び自家iPS細胞を用いる治療等については、当社が全世界での実施権を保持しております。
(図5)事業系統図
事業提携スキーム
販売提携スキーム
<製薬企業とのパートナーリングにより発生する収入>
契約一時金 |
共同研究やライセンス許諾時に一時金として得られる収入で、契約締結時に受領済。 |
マイルストン収入 |
開発マイルストン、承認マイルストンと販売マイルストンに分かれる。 a.開発マイルストン: 当社開発品の国内外の開発段階ごとに設定した目標を達成すると得られる一時金収入。 b.承認マイルストン: 当社開発品の薬事承認を達成すると得られる一時金収入。 c. 販売マイルストン: 当社製品の海外上市後に、売上高に対する目標値(販売マイルストン)を達成するごと に得られる一時金収入。 |
ロイヤルティ収入 |
当社製品が海外で上市された後に当該製品の売上高に対してあらかじめ契約によって設定した一定割合を得られる収入。 |
(2)技術及び開発品の特徴
治療薬の開発は、技術の進化に伴って一般的に、体全体に効果を持つゆえに全身性の副作用が出てしまうものから、患部を局所的に治療ができる高い有効性と限定的な副作用が両立できるものへと進化しており、例えば抗がん剤であれば、化学療法が開発された後、分子標的薬が生まれ、現在では血液がん向けに患者自身の免疫を活用した細胞治療薬(CAR-T)が実現されています。心臓領域の治療法では、標準治療薬の開発が進んだ後、近年では、心不全の近接疾患である肥大型心筋症の治療薬として、心臓の筋肉の収縮・拡張をコントロールする医薬品が実現し、新たなブロックバスターになり得ると期待されております。
再生医療によって心機能改善に取り組む技術開発においては、当社の代表取締役社長である福田惠一が1999年に骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞の分化誘導に世界で初めて成功して以降、多くのグループや企業が世界中で試みており、実用化に至る製品も出てきました。しかしながら、それらの多くは、心筋細胞以外の細胞、例えば間葉系幹細胞や骨格筋芽細胞などを移植し、それらの細胞が出す分泌物が移植先の心機能の改善を促す間接的な治療アプローチ(パラクライン効果(※4))でした。
他方、福田は慶應義塾大学における循環器内科医として、医薬品企業各社が進める心臓領域の様々な新薬治験に約30年にわたって携わり、心臓領域の治療法が全身性の標準療法から心筋自体に局所的に作用する医薬品に進化していくであろうイノベーションの方向性を経験しております。その中で、1999年の心筋細胞の分化成功以降、福田は、心筋細胞を患者の心臓に移植をして心機能の改善効果を得ようとする、さらに先進的な治療法の実現を一貫して目指し研究成果を積み上げて参りました。当社が開発するiPS細胞由来心筋球による治療法は、上述のパラクライン効果による心機能改善効果のみならず、移植した心筋球自体が患者さんの心筋の中に長期にわたって(マウスの寿命に近い移植後1年間まで確認)生着(※5)し成長することによって、患者さんの心臓に元来存在する心筋細胞と電気的に同調して拍動し、直接心臓に収縮力を生み出す物理的な効果を期待する治療法です。
この直接的に心筋収縮力を回復させるようとする治療アプローチは、“Remuscularization(心筋補填療法)”と呼ばれております。細胞が定着して効果を発揮することが作用機序であり、移植した心筋細胞が長期間にわたり体内に残存するため、非臨床試験結果を積み上げて安全性を確認していくことが重要です。本手法を用いた開発を進める他社も存在しておりますが、当社は既に治験段階へ入っている世界的にも数少ない企業の1社となっております。(図6)
(図6)治療メカニズムの比較
※1:LVAD, Left Ventricular Assist Device(左室補助人工心臓)
※2:分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に直接作用すること
※3:STEM CELLS 2012;30:1196–1205, Pluripotent Stem Cell-Engineered Cell Sheets Reassembled with Defined Cardiovascular Populations Ameliorate Reduction in Infarct Heart Function Through Cardiomyocyte-Mediated Neovascularization, Masumoto, Matsuo, Yamamizu et al.
当社が積み上げてきた独自の技術の詳細は、下記のとおりです。主に慶應義塾大学にて20年以上の歳月を積み上げ培った技術、知財、ノウハウを当社へと移管もしくは実施許諾を受ける形で活用しております。
①他家iPS細胞由来心筋球と自家iPS細胞由来心筋球
iPS細胞を用いた再生医療は、健康な方(健常人ドナー)の血液等の細胞からiPS細胞を作製し、そこから目的の細胞を作製して患者さんに移植する他家iPS細胞治療と、患者さん自身の血液等の細胞から患者さん自身のiPS細胞を作製し、そこから患者さん専用の目的の細胞を作製して移植する自家iPS細胞治療の2つに大きく分けることができます。
当社では、他家iPS細胞由来心筋球を自家iPS細胞由来心筋球に先行して開発しております。両者のプロセスの全体像は(図7)のとおりです。
(図7)他家iPS細胞由来心筋球移植と自家iPS細胞由来心筋球移植
当社の他家iPS細胞由来心筋球では、外部機関からiPS細胞の原株を取得し、そこから原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発委託機関(CDMO)の協力のもとに作製し、当社自身で維持・管理を実施しております。このため、今後の製品供給に必要なiPS細胞を当社自身で供給できる体制を整えております。
自家iPS細胞由来心筋球移植では、後述のように個々の患者さんから安定して高品質のiPS細胞を作製する技術、個々のiPS細胞から高品質な心筋細胞を作製する技術が求められます。
② 当社独自の技術
当社が開発している再生医療等製品候補である他家iPS細胞由来心筋球、および自家iPS細胞由来心筋球には複数のステップが必要であり、各段階の重要プロセスにおいて当社は独自の技術ノウハウや知財を確立しております。
他家iPS細胞由来心筋球では、上述のようにiPS細胞は既に作製済みで、既にセルバンク化されていますが、自家iPS細胞由来心筋球では、患者さんの血液等からiPS細胞を製造(a)する必要があります。以降のステップは共通していますが、iPS細胞を大量培養し心筋の中でも心室筋に選択的に分化誘導(b)して大量作製した後、当社が開発した純化精製技術で未分化iPS細胞及び非心筋細胞を除去(c)し心筋細胞の純度を98%以上へ引き上げる徹底した純化を進めます。その後、約1千個の心筋細胞の塊である「心筋球」を大量に作製(d)し、心臓を傷つけないように先端を加工した特殊な注射針(e)を用いて開胸手術時に心臓に心臓外壁から直接移植します。(図8)
(図8)当社技術の全体像
純化精製に代表される本プロセスの実現によって、複数の細胞が混じった複雑な製造基準が不要となったほか、目的外の細胞を除去したことで腫瘍形成リスク、不整脈発現リスクを最小限に抑えることが期待できます。(a)~(c)のプロセスを経て製造した心室特異的心筋細胞は、超低温で長期間冷凍保存することが可能であり、冷凍保存した心筋細胞を患者さんの手術スケジュールに合わせて、解凍して心筋球を製造(d)することが可能です。なお、本プロセスはGMP(Good Manufacturing Practice)下での製造が可能で、既に製造開発受託機関(CDMO)へ製造技術移管を完了させております。
詳細は下記のとおりです。
a.iPS細胞作製技術
細胞治療を目指す上では、再生医療等製品の最終製品だけでなくその原材料においても薬機法にて品質や安全性確保が求められております。当社は他家細胞治療にて再生心筋細胞の原料として活用するiPS細胞原株を他社から取得した後、原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発受託機関(CDMO)の協力のもとに当社自身で維持・管理を実施しているため、当社自身でiPS細胞を供給できる体制を整えております。
ヒトの身体には細胞の自己と非自己を判断し非自己細胞を免疫が除去する仕組みがあり、それを細胞表面のヒト白血球抗原(HLA)(※6)が担っていますが、他家細胞治療ではこの免疫応答をいかに抑えるかが重要です。下記「c.純化精製技術」にて後述する技術革新や治療後の免疫抑制剤の活用によって、他家細胞治療による免疫拒絶のリスクを低減する仕組みを取り入れております。
なお、図8のとおり、当社は自家細胞治療も可能とするiPS細胞を製造する技術も保有しております。次世代パイプラインにおいて自家細胞治療を樹立していく際にも、豊富な技術知見やノウハウを保有しております。
b.分化誘導技術
慶應義塾大学での研究によって、iPS/ES細胞(※7)から心筋細胞への分化誘導方法がステップごとに確立されてきました。
心筋再生医療には大量の心筋細胞が必要ですが、多能性幹細胞(※8)から心筋を分化誘導するためには、特に心臓発生初期に関与する複数のBMP/Activinシグナル(※9)やWntシグナル(※10)に関連するタンパク質を組み合わせることで、著しく分化効率を向上させられることが分かってきました。また、リコンビナントタンパク質(※11)を低分子化合物へ置換する研究も進み、より安価かつ効率よく心筋細胞への分化誘導が可能になっています。(図9)
(図9)心室筋特異的な心筋細胞の分化誘導
心筋細胞には、心房筋細胞、心室筋細胞、ペースメーカー細胞と性質が異なる細胞がありますが、それぞれが異なる拍動のリズムを持つため、多くの細胞が混ざった状態で製造された心筋細胞は、不整脈のリスクを誘発する可能性が示唆されております。他方、当社の心筋細胞は、心房筋細胞やペースメーカー細胞を含まない、全身循環のポンプ機能を担う心室筋特異的な心筋細胞です。心室筋特異的心筋細胞は拍動のリズムが他の細胞に比べて遅いために、細胞移植後患者さんの心臓のリズムに連動しやすい利点があり(図10)、徹底した純化精製によって拍動リズムの異なる他の細胞を除去したおかげで、結果として不整脈が発生するリスクが低減されていると考えられます。
(図10)細胞別の心拍数の対比
c.純化精製技術
iPS細胞を心筋細胞に分化誘導した段階では、未分化のiPS細胞や心筋細胞以外に分化した細胞が残存していますが、特に残存未分化iPS細胞(※12)を除去せずに移植してしまうと腫瘍形成につながってしまう恐れがあります。このため、未分化iPS細胞を純化精製プロセスの中で極限まで除去していくことが、治療法の安全性を確保する上で重要になっていました。(図11)
(図11)残存未分化iPS細胞による腫瘍形成
慶應義塾大学での福田惠一及びそのチームの研究において、ヒトiPS/ES細胞及び心筋細胞が細胞培養に必要としている栄養分の代謝解析を進めた結果、どの細胞もグルコース及びグルタミンが培養に必要であるのに対して、心筋細胞だけはグルコース及びグルタミンの欠乏下でも乳酸によって培養可能であることが明らかになりました。本代謝解析の成果を活用して、培養液からすべての細胞の生存に必須とされるグルコース及びグルタミンを除去し、この代替物として心筋細胞だけが効率よく利用することのできる乳酸を添加する工夫をすることで、腫瘍形成の原因となる未分化幹細胞を検出限界値以下までに死滅させ、心筋細胞だけを選別する方法を確立することに成功しました。
これによって、培養液を交換するという極めて単純な工程によって、臨床応用を視野に入れた高純度の心筋細胞を作製することが可能となりました。この研究成果によって安全性の高い大量の心筋細胞を簡便に入手するという大きな課題が解決し、心臓の再生医療の実現化に向けて大きく前進しました。(図12、図13)
(図12)腫瘍形成リスクのある残存未分化iPS細胞の除去プロセス
(図13)純化精製前後での比較
ファイバー状につながっているのが心筋細胞。純化精製前に心筋細胞の間に存在していたiPS細胞や非心筋細胞は、純化精製の結果死滅して、死んだ細胞のみが確認出来る。
また、上述の心筋細胞の純化精製プロセスは、腫瘍形成のリスクを低減させただけでなく、投与に関する安全性の確保に重要なメリットをもたらしています。心筋細胞は他の細胞と比べて、HLAの発現が微小であることが報告されており、純化精製プロセスを通じてiPS細胞を含む目的外の細胞を極限まで除去できた心筋球は、免疫拒絶を受けにくいと想定されます。
これら不整脈リスク、免疫拒絶リスクの低減に関するメリットについては、「③薬効メカニズムを裏付ける非臨床試験結果」において、詳述いたします。
d.心筋球作製技術
心筋細胞をバラバラの細胞のまま移植しても、心筋細胞は分散していると脆弱化し、注射針を用いて移植すると90%の細胞は移植直後に拍動に伴う絞り出し現象で心臓外に押し出されてしまう、といった理由で、心臓への生着率が低いことが知られていました。他方、細胞は同種の細胞が凝集すると細胞外マトリックスという物質を介して相互に接着する性質があり、当社では、約1千個の心筋細胞を塊にした「心筋球」を作製し心臓組織に移植する手法を開発いたしました。実際に免疫不全マウスを活用した移植実験において、心筋細胞単体(シングルセル)よりも心筋球移植の方が、高い割合で生着出来ることが示されました(図14)。ルシフェラーゼというホタルの発光などでも見られる遺伝子を導入したiPS細胞から心筋細胞もしくは心筋球を作製してマウスに移植すると、生着している細胞の量に応じて蛍光を生じさせることができるため、細胞の生着率を相対的に評価することができます。図14では、心筋細胞を1個1個バラバラの状態(シングルセル)で移植したときと比べて、心筋球による移植では蛍光の量は14倍以上になっており、心筋球のほうがより効率的に生着することが示されております。
(図14)心筋球とシングルセルで移植することの細胞定着率の違い
サルに当社のヒトiPS細胞由来の心筋細胞を移植した実験(信州大学 柴祐司先生らとの共同研究)でも、移植心筋はきれいに生着しております(図15)。移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞は、同方向で収縮できるようサルの心筋細胞と並行に配列され(左図)、また同調した収縮が行えるよう直接的な連結を形成される(右図)ことが確認されました。
(図15) サルに移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞(移植後84日)
生着した移植心筋細胞は患者さんの心筋組織内で成長し、低下した収縮機能を補うことで、原疾患を問わず心機能を長期的に改善することが期待されます。
e.移植デバイス技術
当社は心筋球を移植するための特殊な移植デバイスを開発しております。針の先端は盲端加工(先端部分は組織を傷つけないようにとがっていない、鍼灸の針と似た加工)されていて、心臓組織に張り巡らされた血管網を切断せず、針を刺す事での損傷を最小限に抑えて心筋内に到達することが可能で、かつ通常の注射針で見られるような出血は起きません。また、超微細加工により心筋球の大きさに合わせた側孔を6か所に設けており、心筋球がこぼれ出ることを最小限に抑えています。移植時に心臓組織に針が深く侵入し過ぎることを防ぐために、心臓の上に固定するガイドアダプターを使って、常に理想的な角度と深さで移植する手技を開発済みであり、術者の手技レベルに依存することなく安全かつ効果的な細胞移植を可能とするシステムを確立しております。このような移植術者の技術的な負担を軽減し、効率よく心筋球の移植を行うシステムの開発は、細胞移植後の治療効果の安定性と本療法の普及に重要な役割を持つと考えております。(図16)
(図16)心筋球と移植デバイス
上記の一連の技術を確立したことで、再生心筋細胞組織を直接心臓に補充する移植方法が実現可能となりました。
③薬効メカニズムを裏付ける非臨床試験結果
当社が開発している他家iPS細胞由来心筋球移植の薬理や毒性を確認するべく、複数の非臨床試験を行っており、効力を裏付けるとともに臨床試験ならびに治験の計画に値する結果を得ております。下記が代表的な成果です。
a.ヒト(同種)iPS細胞由来純化心筋細胞のヒト白血球抗原の発現
細胞表面におけるヒト白血球抗原(HLA)クラスのうち、クラスⅠ及びクラスⅡ抗原が、一般的に移植細胞が惹起する投与先の患者さん体内の免疫反応の強度と連動しています。特に、クラスI抗原に関して、ウイルス感染細胞やがん細胞はそれら細胞自身のクラスI抗原を消失させることで体内免疫応答から逃れると知られています。
当社心筋球が患者さんの心筋層内に移植される際に生じる免疫反応の可能性を推測するため、純化心筋細胞と更にそれと対照となるiPS細胞においてHLAクラスI及びクラスⅡの発現を確認しております。その結果、対象として評価した出発物質である未分化ヒトiPS細胞にてHLAクラスIの発現がほぼ100%発現確認されたのに対し、当社の純化心筋細胞ではHLAクラスIの発現は1%を下回る極小であり、また、HLAクラスⅡにおいても発現量は極小でした。
本結果より、上述の「②c.純化精製技術」にてご説明の心筋細胞純化精製プロセスを通じ、iPS細胞や他の細胞が死滅することでHLAの発現量が極小となり、心筋球移植にあたっての過剰免疫発生リスクを抑制できると考えております。(図17)
(図17)iPS細胞由来純化心筋細胞のヒト白血球抗原の発現
b.免疫不全マウス(NOGマウス)を用いた造腫瘍性試験
人工的に免疫をノックアウトしたマウスに未分化ヒトiPS細胞を投与した非GLP試験では、陽性対照群のマウス(6匹)全例にて悪性奇形種が認められました。他方、同様の免疫不全マウス(各群3-10匹、合計26匹)の心筋組織内にヒトiPS細胞由来心筋球を投与した非GLP試験では、投与後16及び27週での中途剖検結果と観察期間最長である54週の解剖結果において、病理組織学的検査及び免疫組織化学的検査などを実施した結果、いずれの剖検群においても、被験物質投与による腫瘍形成は認められず、投与細胞が心臓に生着していることが確認されました。なお、GLP環境下においても、免疫不全マウス(30匹/群、合計60匹)を用いた造腫瘍性試験を実施しており、投与後最大47週のデータを取得しておりますが、被験物質投与による腫瘍形成は認められませんでした。
c.マイクロミニブタの心筋梗塞モデル試験
心筋梗塞モデル雌マイクロミニブタを用いて、心機能改善効果を評価しております。心筋球の投与は、心筋障害後1ヵ月後(慢性期)に、免疫抑制剤投与下で行いました。投与群として、生理食塩水を投与したコントロール群 (4匹)と心筋球を左室心筋内投与したiPS心筋細胞群(5匹)を設け、磁気共鳴画像(MRI)を用いて心機能を評価しました。
その結果、iPS心筋細胞群において、下記図18に記載の左室駆出率(LVEF)(※13)に加えて、収縮末期容積(ESV)(※14)の改善においても、有意な心機能の改善を認めました。(図18)
(図18)マイクロミニブタにおけるヒトiPS細胞由来心筋細胞移植後の心機能改善効果の確認
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投与後8週LVEF値 iPS心筋球群:56.6% コントロール群:43.9% (P値<0.01にて統計的に有意) |
d.カニクイザルの心筋梗塞モデル試験
信州大学先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所柴祐司教授の協力のもと、心筋梗塞モデルカニクイザル(5匹/群、計10匹)を用いて、心機能改善効果と安全性の評価を行っております。心筋球投与群(図19内、心筋球)は心筋球の懸濁液を心筋梗塞作製2週後に梗塞領域及び周辺部4~5か所に心筋層内投与し、他方でコントロール群として同様の手技で生理食塩液のみを投与する対照群(同、コントロール)を設定しました。投与前より試験終了時まで免疫抑制剤投与は継続しております。
まず心エコー図検査による心機能評価について、心筋球投与群、コントロール群夫々において、投与後28日及び84日に、LVEF(左室駆出率)及びFS(左室内径短縮率)(※15)を評価しております。心エコー図検査の結果、心筋球投与群で投与後28日より心収縮能の改善が認められ、投与後84日まで改善作用が維持されました。
(図19)カニクイザル試験における心エコー図検査結果
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LVEF値(左図) 心筋球投与群(投与前0日)44.4%→(28日時点)54.5%→(84日時点)54.8% コントロール群(投与前0日)45.9%→(28日時点)42.7%→(84日時点)43.1% (*P値<0.05にて統計的に有意) 相対的LVEF値(右図) 心筋球投与群(投与前0日)100→(28日時点)123→(84日時点)123 コントロール群(投与前0日)100→(28日時点)94→(84日時点)94 (**P値<0.01にて統計的に有意) |
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FS値(左図) 心筋球投与群(投与前0日)21.2%→(28日時点)26.2%→(84日時点)26.3% コントロール群(投与前0日)21.1%→(28日時点)19.3*→(84日時点)19.5% (*P値<0.05にて統計的に有意) 相対的FS値(右図) 心筋球投与群(投与前0日)100→(28日時点)124→(84日時点)124 コントロール群(投与前0日)100→(28日時点)92→(84日時点)92 (**P値<0.01にて統計的に有意) |
次に、ホルター心電図検査の結果、持続性心室頻拍(※16)が心筋球投与群の1例に投与後14日に、持続時間9分14秒の持続性心室頻拍が1回ありましたが、図20のとおり軽度なものでした。
本試験及び上記「c. マイクロミニブタの心筋梗塞モデル試験」を踏まえますと、サルにおいてもミニブタにおいても免疫抑制下で異種であるヒト心筋球が定着して心機能の改善に貢献している他、不整脈も非常に軽微な結果となりました。また、上記「② 当社独自の技術」の細胞生着の研究成果のとおり、複数の動物種において当社のヒト心筋細胞が生着し機能していることを確認していることも踏まえ、当社の心筋補填療法のメカニズムや改善効果が立証され、ヒトにおける治験投与においても効果を期待出来る成果となりました。
(図20)カニクイザル試験におけるホルター心電図検査結果
e.移植心筋球と移植先心筋との連動メカニズムについて
上記dのカニクイザルの心筋梗塞モデルでの試験において、重度の持続性心室頻拍が確認されなかったことの1つの裏付けとして、移植した心筋球が移植先の心筋と体内で連動して拍動することが、同カニクイザル試験の協力者でもある柴教授の研究成果により示唆されています。下記図21左図のとおり、柴教授は、iPS細胞由来の心筋細胞を独自に作製して、サルの心臓に複数個所移植して蛍光観察した結果、それらの心筋細胞が電気的信号により同じリズムで拍動することを確認されています。
上記のように心筋細胞が互いに電気的に連動するには、細胞同士がつながる「ギャップ結合」が必要であり、コネクシン43(Connexin43)と呼ばれるタンパク質がその役割を果たしています。慶應義塾大学のチームで移植片(Graft)、移植先(Host)双方のコネクシン43を赤く染色した結果、どちらの組織においてもコネクシン43の発現が確認され、移植した心筋細胞が移植先の心筋とギャップ結合を介して結合していくことが示唆されています。
(図21)移植心筋球と移植先心筋との連動メカニズム
(3)開発パイプライン
当社は、重症心不全の中でも特に収縮不全の重症心不全を対象に、他家iPS細胞由来心筋球による治療法の開発を進めております。
収縮力が低下する重症心不全の原因として、大きく虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症などで虚血、すなわち、心臓に十分血がいきわたらず、血液が運搬する酸素と栄養素が心筋に供給されず心臓が酸欠状態となり胸痛が起こるもの)と拡張型心筋症(心臓の筋肉そのものの異常により心臓の筋肉が薄くなり拡張して収縮力が低下するもの)の2つがありますが、当社の開発品は原因疾患にかかわらずに効果を示せると考えられ、これらの両方を対象として考えております。疾患調査に関する論文などの公開情報及び市場調査などの結果をもとにした当社推計では、虚血性心疾患では、収縮不全の患者層が45%~50%、虚血性且つ難治性の患者層であるニューヨーク心臓病協会(NYHA)分類のII度~IV度を全体の20~30%として、対象患者の母集団としては日本約16万人、米国70~80万人、全世界ベースで約700万人が存在し、また、難病指定をされている拡張型心筋症では日本2万人、米国8~12万人が存在すると想定されます。
心筋再生医療を普及させ、世界中の患者さんにお届けするためには、移植方法と免疫拒絶の抑制の2つの側面からパイプラインを展開する必要があると考えております。そのために、当社では、リードパイプラインであるHS-001の、最も確実な移植方法である開胸手術下での移植から臨床開発に着手しつつ、同時に以下の当社パイプラインように開発しております。
(図22)当社パイプライン
※1:虚血性心疾患を原疾患とする心不全
※2:拡張型心筋症を原疾患とする心不全
※3:当社及びノボ ノルディスク社にて50:50のプロフィットシェア
<臨床開発をめざすパイプライン>
a.HS-001(他家iPS細胞由来心筋球の開胸投与による治療プログラム)
最初に臨床試験を行うのは、移植したい部位に心筋球を最も確実に移植できるように、開胸手術によって心筋内に直接移植する方法です。移植時に出血を最小限に抑え、安全かつ多数の心筋球を効率的に移植できるように開発した特殊な移植デバイスを用います。更に、患者さんの負担の減少のため、もともと冠動脈バイパス手術(CABG)(※17)を予定している患者さんに、CABGとあわせて心筋球の移植を行います。
CABGは虚血部位の血液を再環流させる治療法であり、心筋球へ栄養を行き渡らせる手段として相性が良いと考えられます。他方、CABGの有無や移植部位による心機能改善の差などが治験結果の分析で判明していき、本治験が成功した際には、CABGとの併用に加えて、CABG以外の開胸手術との併用や、他の手術との併用だけではなくHS-001単体での使用の可能性もあると考えております。
当社は、再生医療等製品の早期実用化に向けた条件及び期限付き承認制度の活用を想定しており、本治験終了後に承認申請を実施する方針でおります。本治験は、PMDAウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験で終了後承認申請が見込まれる治験(「主たる治験」)として届け出ております。
治験デザイン
虚血性心疾患を原疾患とする患者さんを対象とした第Ⅰ/Ⅱ相治験(LAPiS試験)は、安全性の確認及び有効性の推定を得ることを目的とした治験であり、標準療法である急性・慢性心不全診療ガイドライン薬も既に服用している上で経過が思わしくない患者さんが組み入れられております。低用量5例(細胞含有量5,000万個、1回投与)、高用量5例(細胞含有量1.5億個、1回投与)合わせて計10例を対象とする予定で、現在5例の投与が完了し、内3例で52週のフォローアップ結果を取得しております。主要評価項目は26週の安全性ですが、治験後の承認申請の為に、副次評価項目にて、有効性に関する複数の評価指標を設定しております。免疫抑制剤は、心筋球投与直後は合計3剤を心臓移植用量より低い用量で服用開始し徐々に減少させ、6か月後は1剤のみを非常に低い用量で継続します。
(図23)LAPiS試験概要
「心筋の生着」(心筋壁運動、生存心筋量、血流量を確認し、投与前にはなかった心筋が生着し、拍動に機能しているかどうか)、及び「リバースリモデリング(※18)」(左室拡張末期容積(LVEDV)を計測し、心筋補填による構造的な変化・改善を確認する)を有効性の確認のための評価項目としており、標準治療を進める中で心不全が悪化していく患者さんでは通常みられない、心臓の構造的な変化・改善が確認できる評価項目にしております。
(図24)Mechanism of Actionの証明:評価項目の設定の意図
※:The Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire
LAPiS試験初期結果
当治験における症例報告は、第71回日本心臓病学会学術集会(2023年9月)及び第88回日本循環器学会学術集会(2024年3月)などを通じて治験施設より発表されております。投与症例5例の内、3例の52週間フォローアップ結果、1例の26週フォローアップ結果概要は下記のとおりです。
(a).有効性の示唆について
(図25)初期サマリ
3例の52週結果においては、そのうち2例においてリバースリモデリングの重要指標である左室拡張末期容量(LVEDV)が心エコー計測値でそれぞれ27%、14%の改善(減少)、心不全マーカーであるNT-ProBNPにおいてはそれぞれ55%、88%の改善(減少)を記録しております。両指標は、改善によって心不全患者の死亡率が下がることが知られています。3例目の症例はNYHA心機能分類もIIIからIへと2段階改善し、本治療法によって心不全による高リスク状態から脱したと言える状況となりました。
また、2例目の症例については、投与症例の全体的な改善には至っていませんが、当該治験施設の責任医師からは2024年3月の第88回日本循環器学会学術集会において、悪化傾向にある心不全において投与後1年後で同程度の生活レベルが保てている点において、治療法に対する期待ができるとの発表がありました。また、4例目に関しては、26週の状況ではありますが、NT-ProBNPでの大幅な改善(減少)など、複数指標で心機能の改善が観測されております。
上記4例の投与症例は、NT-ProBNPの当初計測値のとおり厳しい状態の患者であり、標準療法で改善が乏しく慢性的に進行が進む心不全において、心筋細胞低用量においても多くの指標において著しい治療効果が見えたことは、今後の高容量における症例に期待が持てる結果となりました。
(b).安全性について
安全性については、いずれの症例においても重度な副作用は発生しておりません。持続性不整脈については、発生していたものの自覚症状がなく治療も不要な軽微なものであり、心筋球投与後数週間を超えてその後発生しておりません。移植による腫瘍形成も認められておらず、また、免疫抑制剤由来の重度な副作用もありませんでした。
(C).細胞の生着に関する解析について
心筋球投与後6か月結果での分析として、心筋球の生着を確認する画像的評価(図26)にくわえ、左室壁を16分割した部位毎の収縮力の改善確認(図27)や収縮強度や構造的変化(図28)など、移植後心筋球の生着及び生着に伴う収縮力改善結果に関して、付随的な分析が実施されております。これらの現在確認できている成果を踏まえると、心筋球移植部位での収縮力の改善がみられていることが判明しております。
(図26)本治験2例目における施設PET検査解析結果
PET画像診断を用いて、術前には心筋の生存が見られなかった部位において、心筋球移植後に心筋の生存が確認されました。これはCABGでは起きえない変化であり、移植心筋の生着が示唆されました。
(図27)左室壁を16分割した部位毎の収縮力の改善確認
部位毎の収縮力の改善有無を心エコー検査(長軸方向ストレイン)で確認したところ、再生心筋細胞を移植した部位において、70%以上の確率で収縮力の改善が確認されました。
(図28)本治験3例目における収縮強度や構造的変化の確認
MRIストレイン解析を用いて、拡大した心臓の縮小にくわえ、ポンプ機能の改善が確認されました。術
後6ヶ月において、心筋球移植部位周辺における「強い収縮」を示す赤い表示が確認できます。
再生医療の開発においては、大規模な治験を実施した段階でも、期待した効果と想定しているメカニズムの連動が説明しにくいことが一般的であります。当社では、本LAPiS試験の段階で、当社心筋再生医療における治療メカニズムの分析を予め進めておき、将来ノボノルディスク エー・エスにて進める海外開発へと活用する方針です。
b.HS-005(他家iPS細胞由来心筋球のカテーテル投与による治療プログラム)
カテーテルを用いるなど患者さんに負担の少ないより簡便な方法で、他家iPS細胞由来心筋球を移植するために、HS-005を開発しております。より広い患者層が対象となること、また、循環器内科医によって施術可能であり心臓血管外科医がいない医療機関でも治療を行えることが期待できます。ノボノルディスク エー・エスにおいても海外開発を進めるべく、当社が実施する日本での治験を活用することを検討しております。
なお、「a.HS-001」及び「b.HS-005」では他家iPS細胞由来心筋球を投与細胞として、両治験とも患者さんと投与細胞のHLA合致を条件としない形としております。上記「(2)③a.ヒト(同種)iPS細胞由来純化心筋細胞のヒト白血球抗原の発現」でご説明のとおり、HLA発現が極めて小さい心筋細胞を超高純度に純化している細胞ではありますが、治験における患者さんの安全を鑑み、免疫抑制剤を活用してまいります。免疫抑制剤は投与する異種の細胞が拒絶されない様にする医薬品で、例えば心臓移植では免疫抑制剤を3剤投与いたしますが、体の抵抗力が落ちてしまうリスクも存在します。
HS-001でのLAPiS試験では、それよりも低用量での免疫抑制剤3剤投与から開始して、治験期間が進むにつれて順次用量を下げつつ投与薬を減らし、6か月以降は1剤となり用量を医師の判断で大幅に減量できるプロトコルにしております。また、こうした免疫抑制剤を活用するノウハウは、その後のHS-005の臨床開発においてノボノルディスク エー・エスにも共有され、当社の開発する心筋再生医療が、世界でより安全に実現できるように開発を進めてまいります。
<次世代開発品>
c.HS-040(自家iPS細胞由来心筋球)
HS-040は、患者さん自身の細胞からiPS細胞原株を樹立し、そこから心筋細胞への分化・純化を進めた自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法を開発しております。開発ステージとしては基礎研究段階であります。免疫抑制剤を必須とする上記「a」「b」の治療法とは異なり、本治療法では、患者さん自身の細胞を活用するため免疫拒絶の懸念が無いと考えられます。特に、常に感染のリスクにさらされているLVAD移植を行うケースもしくは乳がんなどへの抗がん剤治療後に心不全を発症するケースや、免疫抑制剤の活用を出来るだけ避けたいと考えられる小児心不全への適用が期待されます。
当開発品が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業 (再生・細胞医療・遺伝子治療産業化促進事業)」に採択されたことを2023年9月に発表しております。
加えて、個人向けiPS細胞バンキング企業であるアイ・ピース㈱(I Peace)と共同で、I Peaceが作製した複数のドナー由来のiPS細胞株に対して、Heartseed独自の心筋分化・純化精製方法を用いて分化誘導した結果、そのすべてのiPS 細胞株から高純度の心筋細胞を安定して作製することに成功したことを2023年11月に発表しております。自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法の実現に向けて大きく前進しました。
<プラットフォーム技術の活用>
当社及び開発パートナーはiPS細胞を用いた心筋再生医療の実現に向けて研究開発を進めておりますが、その過程で、心臓病以外にも適応可能な技術を生み出してまいりました。将来的には免疫拒絶の懸念がない、患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製するオーダーメイド治療が期待されます。また、残存未分化iPS細胞を除去することは心臓病以外の治療法においても重要です。これらの技術はiPS細胞を用いた治療の可能性を心筋再生医療以外にも拡げるためのプラットフォーム技術として活用できる可能性があります。
d.高性能iPS細胞作製技術
上記「(2)②当社独自の技術」図8にてご説明のとおり、当社が現時点で開発を注力しているパイプラインは他家iPS細胞由来心筋球を活用した心不全の治療となっておりますが、原材料であるiPS細胞を患者さん自身の細胞から取得し心筋細胞へと分化・純化させることが出来れば、いわゆるオーダーメイドの再生心筋治療が可能になります。他方で、本治療実現の為には、心筋細胞へ効率よく分化誘導出来る良質なiPS細胞を高効率で樹立する技術が必要となります。
iPS細胞の樹立効率やiPS細胞を目的の細胞に分化させるための分化効率にはばらつきがあり、特に自家再生医療のように患者さん自身の血液などからiPS細胞を作製するプロセスが安定しないことが問題でした。通常の細胞をiPS細胞へとリプログラミングする際の初期化因子の導入時に品質改善剤(H1foo)を追加することでこの課題を解決しており、当社は本研究に関する知財を独占的に保有しております。細胞が多能性を持つための活性化プロセスにおいてリンカーと呼ばれる構造が遺伝子の転写活性の制御に深く関わっており、その中で哺乳類の卵母細胞(※19)特異的なリンカーであるヒストンH1fooが多能性を向上させることで、高品質なiPS細胞コロニーを樹立出来る確率が改善(図29左)しただけでなく、作製したiPS細胞から心筋細胞への分化効率も上昇(図29右)させました。本添加剤を活用することで、当社の主事業領域である心筋再生医療のオーダーメイド治療の実現だけでなく、iPS細胞由来の他臓器における再生医療でも応用ができると期待しております。
(図29)H1fooによるiPS細胞の樹立効率改善と心筋細胞への分化効率の安定化
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(左図)Nanogと呼ばれる多能性遺伝子を高発現しているiPS細胞は質の良い細胞であることが知られている。3つの因子(Oct4、Sox2、Klf4)にH1fooを加えずに作製した場合、Nanogを発現する高品質iPS細胞コロニーの作製効率は50%程度だが、H1fooを加えると、90%以上にまで作製効率が上昇した。
(右図)通常のiPS細胞を心筋細胞に分化させる場合はかなりのばらつきがあり、また分化効率も最大でも80%程度に留まる。しかし、H1fooを添加すると、ばらつきを抑えられ、平均で80%以上と高効率で心筋細胞に分化誘導することができる。
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e.残存未分化iPS細胞除去技術
当社は、設立母体の慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)内科と共同で、心筋細胞の作製時に残存する未分化iPS細胞や非心筋細胞を効率的に除去するために、細胞のタイプごとのエネルギー代謝の違いに着目し、培養液の成分を工夫することで目的外の細胞が死滅し、目的の細胞のみを得られる「メタボリックセレクション」を開発してまいりました。
心筋細胞の純化精製には、培地からグルコースとグルタミンという多くの細胞の生存に必須な栄養素を除去し、代わりに乳酸を添加した培地で培養することが効果的です。これはグルコースやグルタミンがなくても、乳酸を効果的に栄養源として利用できる心筋細胞の特殊な性質を利用しており、他の細胞に適応できるものでは必ずしもありません。
他方で、iPS細胞は分化した細胞と比較して脂肪酸合成を活発に行っており、脂肪酸合成阻害剤を添加することで、心筋細胞のみならず神経細胞や肝臓の細胞にもダメージを与えることなく、iPS細胞を選択的に除去出来ることが慶應義塾大学のグループより示されております(図30)。
(図30) 脂肪酸合成阻害剤によるiPS細胞の選択的除去
(上段がコントロール、下段が脂肪酸合成阻害剤添加)
当社では、心筋再生医療以外の領域で当社のメタボリックセレクションに関する特許を使用する、もしくは使用を希望される企業に対して、ライセンスを進め、iPS細胞を用いた細胞治療の実用化に貢献してまいりたいと考えております。2023年9月にiPS細胞から心筋細胞以外の細胞を作製して治療薬を開発されている企業(社名非開示)に脂肪酸合成阻害法を用いた純化精製技術のライセンスアウトを実施したことを発表しております。なお、当社は慶應義塾大学から本技術の再実施許諾権付独占的通常実施権の許諾を受けています。
<用語解説>
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用語 |
意味・内容 |
※1 |
iPS細胞 |
iPS細胞とは、皮膚や血液等の細胞から人工的に作られた多能性の幹細胞のことで、全ての組織や器官を構成する細胞に分化でき、ほぼ無限に増殖することができます。ES細胞(胚性幹細胞)も多能性幹細胞ですが、生命の根源である胚細胞を滅失してしまうことから、倫理面での問題が強く指摘されています。2006年8月に京都大学の山中伸弥教授らは世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。 |
※2 |
心筋細胞 |
心臓を構成する複数の細胞のうち、心臓の拡張・収縮に寄与する細胞のことで、心房筋、心室筋(もしくは心室特異的心筋細胞)、洞房結節細胞(もしくはペースメーカー細胞)があります。 |
※3 |
他家 |
移植する細胞や組織が別の個体(ヒトであれば他人)に由来していることを指します。反対に移植する細胞や組織が同一個体(ヒトであれば患者さん自身)に由来していることを「自家」と呼びます。 |
※4 |
パラクライン効果 |
分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に作用することを指します。心筋再生療法の場合、移植された心筋細胞から産生されるサイトカインや増殖因子などを介して間接的に改善する効果のことです。 |
※5 |
生着 |
移植した心筋細胞が生着するとは、移植した心筋細胞が患者さんの心臓組織内の一部の構成細胞となって長期間とどまることを意味します。これまでの非臨床試験から、移植した細胞は2週間くらいで患者さんの心臓と同期して拍動するようになると考えられます(電気的結合)。 |
※6 |
ヒト白血球抗原(HLA) |
ヒト白血球抗原(HLA)とは、赤血球を除く、ほぼ体内のすべての細胞の表面に存在する特殊なタンパク質のグループです。人それぞれに構造の微妙な違いがあり、免疫システムが「自己」と「非自己」を区別するための目印として働いています。 |
※7 |
ES細胞 |
多能性幹細胞の一種で、受精卵から発生が少し進んだ胚盤胞の中の細胞を取り出して培養することで作製される細胞のことです。 |
※8 |
多能性幹細胞 |
さまざまな細胞に分化する能力のある細胞のことです。 |
※9 |
BMP/Activinシグナル |
胎児発生に重要な骨形成タンパク質(BMP)とアクチビンは、細胞周期・分化・免疫等にかかわるシグナル伝達系として機能します。 |
※10 |
Wntシグナル |
胚発生とガンに関連するたんぱく質のネットワークにかかわるシグナル伝達系です。 |
※11 |
リコンビナントタンパク質 |
遺伝子組み換え技術により人工的に作製されたタンパク質です。 |
※12 |
残存未分化iPS細胞 |
iPS細胞を分化誘導する過程で、一部分化せずに残るiPS細胞のことを指します。移植する細胞・組織に残存未分化iPS細胞が一定量以上含まれていると奇形種と呼ばれるガンの一種などの腫瘍を形成するリスクがあります。 |
※13 |
左室駆出率(%)(LVEF) |
左室駆出率(LVEF)とは、左室の心筋収縮力(ポンプ機能)を測定する代表的指標の1つです。心拍ごとに心臓が放出する血液量(駆出量)を拡張期の左心室容量で割って算出されます。 |
※14 |
収縮末期容積(ESV) |
左室が最も収縮した際の容積のことです。 |
※15 |
左室内径短縮率(%)(FS) |
左室内径短縮率(FS)は、左室の心筋収縮力(ポンプ機能)を測定する代表的指標の1つです。拡張時と比べた収縮時の内径の短縮率を示します。 |
※16 |
持続性心室頻拍 |
心室頻拍とは何かしらの原因により心室が通常よりも早いペースで興奮をする不整脈の一種です。そのうち心室頻拍が30秒以上持続する場合もしくはそれ以内でも停止処置を必要とするものを、持続性心室頻拍といいます。 |
※17 |
冠動脈バイパス手術(CABG) |
冠動脈バイパス手術(CABG)とは、手術で胸を開き、詰まった冠動脈の先に迂回路(バイパス)をつくる手術で、これにより狭心症や心筋梗塞の原因となる心臓の筋肉の血流不足の改善を目指します。当社が対象としている心不全患者だけでなく狭心症や心筋梗塞の患者にも実施され、国内では年間で約2万件弱の手術が実施されています。 |
※18 |
リバースリモデリング |
心不全により拡大した左心室が、小さくなり収縮機能が回復することです。 |
※19 |
卵母細胞 |
卵子の形成過程で生じる雌性生殖細胞の1つです。 |
該当事項はありません。
(1)提出会社の状況
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2024年5月31日現在 |
従業員数(人) |
平均年齢(歳) |
平均勤続年数(年) |
平均年間給与(円) |
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( |
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(注)1.従業員数は就業人員であります。
2.臨時雇用者数(契約社員、アルバイト、派遣社員含む。)については、最近1年間の平均人員を()内にて外数で記載しております。
3.平均年間給与は、賞与及び基準外賃金を含んでおります。
4.当社の事業セグメントは、医薬品事業の単一セグメントであるため、セグメント別の従業員数の記載はしておりません。
(2)労働組合の状況
当社の労働組合は、結成されておりませんが、労使関係については円満な関係にあり、特記すべき事項はありません。
(3)管理職に占める女性労働者の割合、男性労働者の育児休業取得率および労働者の男女の賃金の差異
当社は、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(平成27年法律第64号)および「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(平成3年法律第76号)の規定による公表義務の対象ではないため、記載を省略しております。